。盆ちゅうにも人殺しをするような奴があるんだからな」
こんなことを云いながら二人は弁天堂にゆき着くと、露路の内そとには大勢の見物人がいっぱいに集まっている。それを掻きわけてはいってゆくと、検視の町《まち》役人ももう出張っていた。
「どうも遅くなりました。皆さん、御苦労さまでございます」
半七は一応の挨拶をして、まず善昌の死骸を丁寧にあらためた。死骸の手足はあら縄で厳重にくくられていたが、殆ど無抵抗で縄にかかったらしいことは、多年の経験ですぐに覚られた。そこらの畳には血の痕らしいものは見えなかった。もしや綺麗に拭き取ったのかと、半七は犬のように腹這って畳の上をかいでみた。
「尼さんは酒を飲みますかえ」と、半七はそこに控えていた信者の一人に訊いた。
当人は飲まないと云っていた。身分柄としてもそう云わなければならないのであろうが、内証では時々に少しぐらい飲んでいたこともあるらしいという信者の答えを聴いて、半七はうなずいた。畳には新らしい酒の香が残っていた。なにか紛失物はないかと訊くと、それはよく判らないが、尼が大切にしている革文庫がみえない。そのなかに金のしまってあるのを知って盗み出したのではあるまいかというのであった。半七は又うなずいた。
型の通りの検視が済んで、そのあと調べを半七にまかせて、役人たちは引き揚げた。町《ちょう》役人や家主も一旦帰った。あとに残されたのは町内の薪屋《まきや》の亭主五兵衛と小間物屋の亭主伊助で、この二人は信者のうちの有力者と見なされ、いわゆる講親《こうおや》とか先達《せんだつ》とかいう格で万事の胆煎《きもい》りをしていたのである。半七はこの二人を残しておいて、善昌の身もと詮議をはじめた。
「善昌は幾つですね」
「自分でもはっきり云ったことはありませんが、なんでも三十二三か、それとも五六ぐらいになっていましょうか。見かけは若々しい人でございました」と、五兵衛は答えた。
「独り者で、ほかに身寄りらしい者もないんですね」
「自分は孤児《みなしご》で、天にも地にもまったくの独り者だと、ふだんから云っていました」と、伊助は答えた。
「よそへ泊まって来たことがありますかえ」
「祈祷などを頼まれて、夜も昼も出あるくことはありましたが、遅くもきっと帰って来まして、家をあけたことは一と晩もなかったようです」と、伊助はまた答えた。
これを口切りに善昌が
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