郎の模様を見て来ようと、居あわせた人達に挨拶して門《かど》を出ると、陰った空のうえから紫の光がさっ[#「さっ」に傍点]とほとばしって来た。おや、光ったなと思う間もなく、大粒の雨がどっ[#「どっ」に傍点]と降り出したので、半七は舌打ちをしながら再び内へ引っ返した。
「とうとう降って来た」
「夕立ですからすぐに止みましょう」と、お浪は入口の戸を一枚閉めながら云った。
よんどころなしに半七は茶の間へ戻って又坐ると、稲妻がまた光って、雷の音がだんだん近くなって来た。ぶちまけるような夕立が飛沫《しぶき》を吹いて降り込んで来るので、みんなも手伝って方々の戸を閉めた。狭い家のなかには線香の煙りがうず巻いてみなぎって、息がつまるほどに蒸し暑いのを我慢して、半七も扇を使いながら其処に晴れ間を待っていると、雨はやがて小降りになったので、お浪が傘を貸そうというのを断わって出た。半七は手拭をかぶって、尻を端折《はしょ》って、ぬかるみを飛び飛びに渡りながら両国橋を越えた。
川向うの観世物小屋はもう大抵しまっていた。今の夕立が往来の人を追っ払ってしまったらしく、ぐしょ[#「ぐしょ」に傍点]濡れになった菰《こも
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