、まあ拾いあげて来ましたようなわけで……。いえ、わたくしは能《よ》くは存じませんが、なんでもそんな話でございます」
「親父もないんだね」
「へえ、親父は長吉が生まれると間もなく死にましたそうで」
「変死かえ」と、半七はすぐに訊いた。
「よく御存じで……。高い声では申されませんが、なんでも悪いことをしてお仕置になりましたそうで……」
「ふむう、そうか。そこで此の頃、河童のところへ誰かたずねて来た者はねえか」
 六助は少し考えていたが、やがて思い出したようにうなずいた。
「あります、あります。廻国《かいこく》の六部のような男が……」

     三

 半七の商売を知っている六助は、訊かれるに従って総《すべ》てのことをしゃべった。六部は四十近い、痩せて背の高い、眼つきの少し恐ろしい男で、長吉の叔父だという話であった。顔立ちの幾らか肖《に》ているのを見ると、それは嘘ではないらしいと六助は云った。その六部がきのう普通の浴衣《ゆかた》を着て、楽屋へふらりとたずねて来て、鰻を食わしてやるからと云って長吉をどこへか連れ出した。
「その六部は何処にいるのか知らねえか」
「なんでも下谷の方にいるということですが、宿の名は存じません」
 その以上のことは六助はまったく知らないらしいので、半七はここらで打ち切って小屋を出た。それにしても幸次郎はどこへ河童を連れて行ったか。大方そこらの番屋へ引き挙げたのであろうと、半七はその足で近所の自身番へ行ってみると、そこには幸次郎の姿も見えなかった。それでも念のために店へはいって訊くと、自身番の親方は面目ないような顔をして答えた。
「実はそのことで幸次郎さんに大変怒られまして……。なんとも申し訳がございません」
「どうしたんですね」
「河童に逃げられました」と、親方は額《ひたい》の汗を拭いた。そこに居あわせた番太郎も小さくなって俯向いた。
 河童を取り逃がした事情はこうであった。さっき幸次郎が観世物小屋から河童を引っ張って来て、この自身番へあずけて行った。自身番には店の側に一種の留置場ともいうべき六畳ほどの板の間があって、その太い柱に罪人を縄でつないで置くのが例であった。河童もそこに繋がれていると、俄かに大夕立が降り出したので、番太郎はあわてて自分の家へ帰った。自身番の者共もおどろいて其処らを片付けた。店先の履き物を取り込む者もあった。裏口の戸を閉め
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