、わたしは又訊いた。「江戸にいる間はいつもどうして食っていたんです」
「それが又不思議ですよ」と、老人は説明した。「兄貴も弟も博奕がうまいんです。甲州の山奥から出て来た猿のような奴だと思って、馬鹿にしてかかると皆あべこべに巻き上げられてしまうんです。勿論、小ばくちですから幾らの物でもありますまいけれども、どっちもひどく約《つま》しい人間で、木賃宿にごろごろして、三度の飯さえとどこおりなく食っていればいいという風でしたから、江戸に暮らしていても幾らもかかりゃしません。そうして、暗い晩になると竹槍をかついであるく。実に乱暴な奴らで、兄弟揃ってそんな人間が出来たというのは、殺生《せっしょう》の報いだろうなんて、その頃の人達は専ら評判していたそうですが、どんなものですかね。何かそういう気ちがいじみた血筋を引いているのか、それともふだんから熊や狼を相手にしているので、自然にそんな殺伐な人間になったのか。さびしい山奥から急に華やかな江戸のまん中へほうり出されたもので、なんだか気がおかしくなったのか。今の世の中でしたら、いろいろの学者たちがよく説明してくれたんでしょうけれど、その時代のことですから、大抵の人は殺生の報いだとか因果だとか、すぐにきめてしまったようです」



底本:「時代推理小説 半七捕物帳(二)」光文社文庫、光文社
   1986(昭和61)年3月20日初版1刷発行
入力:tat_suki
校正:菅野朋子
1999年7月27日公開
2004年2月29日修正
青空文庫作成ファイル:
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