《かまち》から土間へ転げ落ちたような物音がきこえました。わたくしははっ[#「はっ」に傍点]と思って再び眼をあきますと、お津賀の燃えている姿は井戸の方へ……。からだの火を消す積りか、それともいっそ一と思いに死んでしまう積りか、それはわたくしにも能く判りませんでしたが、ともかくも井戸側の上で火の粉がぱっ[#「ぱっ」に傍点]と散ったかと思うと、お津賀の姿はもう見えなくなったようでございました。富蔵は……どうしたのか存じません。もうその頃には家中いっぱいの火になっていました。その騒ぎを聞きつけて近所の人達がばたばた[#「ばたばた」に傍点]駈け付けて来ましたので、わたくしも度を失いまして、ここらにうっかりしていて、とんだ連坐《まきぞえ》を受けてはならないと、前後のかんがえも無しにあの稲荷の祠《ほこら》のなかに隠れましたが、もしその火が大きくなってこっちへ焼けて来たらどうしようかと、実に生きている空もございませんでした。幸いに火は一軒焼けで鎮まりましたが、大勢の人が火元を取りまいてわやわや[#「わやわや」に傍点]騒いでいるので、いつまでも出るに出られず。わたくしも途方に暮れているところを、とうとう
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