、実に消え入りたいくらいで……」
 若い女にさいなまれている老人の懺悔《ざんげ》を、半七は嘲るような又あわれむような心持で聴いていると市丸太夫は恐る恐る語りつづけた。
「そういう次第で、わたくしも途方に暮れて居りますうちに、宿の女中から不図《ふと》こんなことを聞きましたのでございます。昨年の夏頃から宿に奉公して居りましたお北という若い女中が主《ぬし》の定まらない胤《たね》を宿して、だんだん起居《たちい》も大儀になって来たので、この七月に暇を取って新宿の宿許《やどもと》へ帰って、十月のはじめに女の児を無事に生み落しました。ところがその赤児はどうした因果か、生まれるときから上顎に二本の長い牙《きば》が生えている鬼でございまして、本人は勿論、兄弟たちも世間へ対して外聞が悪いと申して、ひどく困っているということを聞きましたので、わたくしはすぐにそのお北の家へたずねて参りました。お北とは顔馴染みでございますので、本人に逢ってその赤児をみせて貰いますと、なるほど立派な因果者でございます。正直のところわたくしはとても差し当って四両一分の工面は付きませんから、この因果者を富蔵のところへ持って行って、猫
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