熱くなった頃に仔猫の胴中を麻縄で縛って、天井から火鉢の上に吊りさげて、四本の足が丁度その銅の板を踏むようにすると、板は焼け切っているから、猫はその熱いのにおどろいて、思わず前後の足を代る代るにひょいひょい揚げる。それを待ち設けて、富蔵は爪弾きで三味線を弾き出すのである。勿論はじめのうちは猫の足どりを見て、こっちで巧く調子を合わせて行かなければならないのであるが、それがだんだんに馴れて来ると、猫の方から調子にあわせて前後の足をひょいひょいと揚げるようになる。更に馴れて来ると、普通の板や畳の上でも三味線の音につれて自然に足をあげるようになる。観世物小屋で囃し立てる猫の踊りは皆こうして仕込むので、富蔵もふた月ほどかかってこの白猫を馴らした。
 根気よく馴らして教えて、猫もどうやら斯うやら商売物になろうとしたところを、かの男に突然撲ち殺されてしまったのである。勿論、殺した方にも相当の理窟はあった。かれは框に腰をかけてぼんやりと待っている退屈まぎれに、壁にかけてある三味線をふと見付けて、少し酔っている彼はその三味線をおろして来てぽつんぽつんと弾きはじめると、長火鉢の傍にうずくまっていた白猫が、そ
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