で濡れ手をふきながら礼を云った。
「どうも済みませんねえ。こんなものをいただいちゃあ……。おまえ、よくお辞儀をおしなさいよ」
「なに、お礼にゃあ及ばねえ。そこでおかみさん、しつこく訊くようだが、その猫がどうしたのかえ。その猫が逃げたんじゃあねえか」
「逃げたのならまだいいんですけど……」と、女房は小声で云った。「殺されたんですよ」
「誰に殺された」
「それがおかしいんですよ。富さんのいない留守に化け猫と間違って殺されてしまったんですが、そりゃあ無理もありません。あの猫は踊るんですもの」
「それじゃあ商売物だね」
「まあ、そうです。これからだんだん仕込もうというところを、化け猫だと思って殺されてしまったんですよ。富さんも大変に怒りましてね」
 一朱銀の効き目で、女房はその日の出来事をぺらぺらとしゃべり出した。

     三

 富蔵の隣りにお津賀《つが》という二十五六の小粋《こいき》な女が住んでいる。よほどだらし[#「だらし」に傍点]のない女で、旦那取りをしているというのであるが、定《きま》った一人の旦那を守っているのでは無いらしく、大勢の男にかかり合って一種の淫売《じごく》同様のみだ
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