。他国者の才蔵が赤児をかかえて、寒い夜なかに江戸の町なかをさまよい歩いていたという、その理窟が呑み込めなかった。殊に赤児が二本の怪しい牙をもっているだけに其の疑いはいよいよ深くなった。
 やがて町奉行所から当番の役人が出張して、医師も立ち会いで検視をすませたが、死人のからだには仔細なく、やはり大酔のために路傍《みちばた》に倒れて、前後不覚のうちに凍死を遂げたものと決められてしまった。しかしかれの抱えている鬼っ児の正体は係り役人にも判らなかった。半七は八丁堀同心菅谷弥兵衛の屋敷へ呼ばれた。
「どうだ、半七。けさの行き倒れは、何者だと思う。あんな因果者を抱えているのをみると、香具師《やし》の仲間かな」と、弥兵衛は云った。
「さあ、手のひらの硬い工合《ぐあい》がどうも才蔵じゃねえかと思いますが……」
「むう。おれもそう思わねえでもなかったが、香具師ならば理窟が付く。やあぽんぽんの才蔵じゃあ、どうも平仄《ひょうそく》が合わねえじゃあねえか」
「ごもっともです」と、半七も考えていた。「しかし旦那の前ですが、その平仄の合わねえところに何か旨味《うまみ》があるんじゃありますまいか。ともかくもちっと洗いあげてみましょう」
「節季《せっき》師走《しわす》に気の毒だな。あんまりいい御歳暮でも無さそうだが、鮭《しゃけ》の頭でも拾う気でやってくれ」
「かしこまりました」
 半七は受け合って八丁堀を出たが、どこから手をつけていいかちょっと見当が決まらなかった。大江戸の歳の暮に万歳や才蔵を探してあるくのは、その相手のあまり多いのに堪えなかった。なんとかして手っ取り早く探し出す工夫《くふう》はあるまいかと考えながら、師走の忙がしい往来を、本郷の方角へぶらぶらあるいて来ると、橋の袂で二十四五の男に出逢った。
「やあ、親分。お早うございます」
 かれは亀吉という手先であった。もとは豆腐屋の伜で、道楽の果てから半七のところへ転げ込んで来たので、仲間では豆腐屋亀と呼ばれていた。
「おい、豆腐屋。いいところで面《つら》を見た。おめえにすこし助《す》けて貰いてえことがあるんだが……。おめえは鎌倉河岸の行き倒れを知っているか」
「知っています。今おまえさんの家《うち》へ行って、姐さんから詳しい話を聴きました。その行き倒れの抱えていた因果者というのが変じゃありませんか」
「それを少し洗って見てえんだ。才蔵が因果者をかかえて行き倒れになっている。どう考えても、変じゃねえか」
「変ですとも……。打っちゃって置くと、よその仲間に飛んだ鼻毛を抜かれますぜ」
「そんなことがねえとも云われねえ」
 ふたりは立ち話で相談をきめた。亀吉はおなじ子分の善八と手分けをして、亀吉は因果者師の方を調べる。善八は万歳の群れをあさる。こうして両方から洗いあげて行ったら、何かそこに一つの手がかりを見つけ出すであろうとのことであった。
「じゃあ、頼むぜ」
 亀吉にたのんで、半七は三河町の家へ帰った。その夜の五ツ(午後八時)過ぎになって、亀吉は寒そうな顔を三河町へ持って来た。なにぶんにも自分ひとりでは手が廻らないので、彼はほかの子分どもにも加勢をたのんで、江戸じゅうの香具師や因果者師をそれからそれへと詮議したが、この頃に鬼っ児などを取り扱った者もなかった。鬼っ児などを取られた者もなかった。香具師仲間の詮議の蔓《つる》はもう切れた、と、亀吉は落胆したように話した。
「そうすると、因果者には何もかかり合いのねえ素人《しろと》の餓鬼かな」と、半七は考えながら云った。
「まあ、そうでしょうね。香具師の仲間で猫の児をなくしたとか云って力を落している奴があるそうですが、猫の児じゃしようがありませんからね」
「そうよ、けさのは確かに人間の子だ。猫の児じゃあねえ」
 云いかけて半七は又かんがえていた。行き倒れの才蔵がふところに抱えていたのは、決して猫の児ではなかった。いくら因果者の鬼っ児でもそれが確かに人間の子である以上、それを畜生の児と一緒に見なすわけには行かなかった。しかしその一緒に見なされないものを一緒に結びつけて考えるのが、自分たちの眼の着けどころであると半七は思った。人間の子と猫の児と、そこにはどういう不思議の因縁がからまっているかということを彼はいろいろに考えてみた。
「そこで、そのなくしたとかいう猫の児はなんだ。金眼《きんめ》か銀眼か、それとも尻尾《しっぽ》が二、三本あるとでもいうのか」
「それは聞きませんでした。猫の児じゃあしようがねえと思ったもんですから」と、亀吉はきまりが悪そうに頭を掻いた。「すると、その鬼っ児と猫の児と何か係り合いがあるんでしょうか」
「そりゃあまだ判らねえ。が、それがどうも気になる。御苦労だがもう一度行って、その猫の児をどうしてなくしたのか。その猫はどういう猫か詳しく訊いて来てくれ
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