の形代《かたしろ》に受け取って貰おうと存じまして、この児をよそへやる気はないかと訊きますと、実は持て余しているところだから、片輪を承知で貰ってくれる親切な人があれば、何処へでもやりたいと申します。それでは一度相談して来ようと約束して帰りまして、その足でお津賀のところへ行って相談しますと、隣りの富蔵はあいにく居りませんでしたが、お津賀はその話を聞きまして、それがまったく商売になりそうなものならば富さんも承知してくれるかも知れないから、ともかくもその因果者を連れて来てみせろと申しました」
「それでとうとうその赤ん坊を取って来たのか。おめえも無慈悲な男だな」と、半七は苦々《にがにが》しそうに云った。
「重々恐れ入りましてございます。無慈悲は万々承知して居りましたが、なにぶんにも背に腹は換えられないと存じまして……。お北の方へはよいように話をしまして、ともかくもその鬼っ児を受け取ってまいりますと、ちょうど途中で才蔵に逢いました。松若はわたくしの宿へたずねて来る処でございましたから、これは幸いだと存じまして、あらましのわけを話して其の児をお津賀の家へとどけてくれるように松若に頼みました。松若もわたくしと一緒に行ったことがあるので、お津賀の家はよく知っている筈でございます。それは二十六日の宵の五ツ(午後八時)少し前でございましたが、松若はそれぎり帰ってまいりません。どうしたのかと案じて居りますと、そのあくる日の午過ぎにお津賀が又押し掛けてまいりまして、あの因果者はどうしたと催促いたします。ゆうべ松若にとどけさしたと云いましてもなかなか承知しませんで、いろいろ面倒なことを申しますので、わたくしもいよいよ困り果てました。そればかりでなく、だんだんその様子を見ていますと、お津賀はどうも富蔵と情交《わけ》があるのではないかと思われるような所もございますので、わたくしもなんだか忌々《いまいま》しくなりまして、今思えば実に恐ろしいことでございます。いっそ富蔵とお津賀を殺してしまえば、誰にも窘《いじ》められることは無いと存じまして、夜店で買いました小刀をふところに入れて、昨晩の夜ふけに稲荷町へそっと忍んでまいりますと、案の通りお津賀は隣りの家へはいり込んで、富蔵と差し向いで睦じそうに酒を呑んでいました。わたくしは赫《かっ》となってすぐに飛び込もうかと存じましたが、なにぶんにも相手は二人でござ
前へ 次へ
全18ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング