のがほんとうだそうですが、暖簾にはやはり津の国屋と、の[#「の」に傍点]の字を入れてありました。読みいいためでしょう――は何でも地所家作を合わせて二、三千両の身代だったそうです。その頃の二、三千両と云えばこの頃の十万円ぐらいに当るでしょうから、それだけのものをただ取るには並大抵のことではむずかしい。大勢の人間が知恵をしぼって、暇をつぶしても二、三千両の身代を乗っ取れば、まず大出来だったんでしょうよ。今日のようにボロ会社を押っ立てて新聞へ大きな広告をして、ぬれ手で何十万円を掻き込むなんていう、そんな器用な芸当をむかしの人間は知りませんからね。十万円の金を儲けるにも、これほど手数がかかった芝居をしたんです。それを思うと、むかしの悪党は今の善人よりも馬鹿正直だったかも知れませんね。あははははは」
これもやはりほんとうの怪談ではなかった。わたしは何だか一杯食わされたような心持で、老人の笑い顔をうっかりと眺めていた。
底本:「時代推理小説 半七捕物帳(二)」光文社文庫、光文社
1986(昭和61)年3月20日初版1刷発行
※「文字春はよいよい」を「文字春はいよいよ」に改めるにあたっては、「半七捕物帳 第二輯」新作社、1923(大正12)年7月20日発行、「定本 半七捕物帳 第二巻」早川書房、1956(昭和31)年1月25日発行、「半七捕物帳(一)」青蛙房、1966(昭和41)年3月20日発行を参照しました。
入力:tat_suki
校正:ごまごま
1999年8月2日公開
2007年11月17日修正
青空文庫作成ファイル:
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