お師匠さんのおかげで助かります」と、お雪もしきりに礼を云った。
 文字春は皆から礼を云われて、善いことをしたと喜びながら家へ帰って、すぐにその女を津の国屋へ連れて行った。女はお角《かく》といって、年が年だけに応待も行儀もひと通り心得ているらしいので、津の国屋では故障なしに雇い入れることに決めた。

     六

 三日の目見得《めみえ》もとどこおりなく済んで、お角は津の国屋へいよいよ住み込むことになった。お雪は菓子折を持って文字春のところへ礼に来た。新参ながらお角はひどく女房の気に入っているという話を聞いて、文字春もまず安心した。
 お角も礼に来た。それが縁になって、お角は使に出たついでなどに文字春のところへ顔を出した。そうして、やがて一と月ほども無事にすぎた時に、お角はいつものように訪《たず》ねて来て、文字春となにかの話の末にこんなことをささやいた。
「お師匠さんにもいろいろ御厄介になったんですが、わたくしは津の国屋に長く辛抱できればいいがと思っていますが……」
「でも、大変におかみさんの気に入っているというじゃありませんか」と、文字春は不思議そうに訊いた。
「全くおかみさんは目に
前へ 次へ
全72ページ中42ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング