はなんとなく気にかかって、そのまま見過ごしてゆくことが出来なくなった。かれは立ち停まって、じっとその僧の立ち姿を見つめていると、彼女を送って出た小僧の勇吉も、黙って不思議そうに眺めていた。
 僧は四十前後で、まず普通の托鉢僧という姿であった。托鉢の僧が店のさきに立つ――それは別にめずらしいことでもなかったが、ここらでかつて見馴れない出家であるのと、気のせいか彼の様子が何となく普通とは変って見えるので、お藤は駕籠によりかかったままでしばらく眺めていると、僧はやがて店の前を立ち去って、お藤の駕籠のそばを通りすぎる時に、口のうちでつぶやくように云うのが聞えた。
「凶宅じゃ。南無阿弥陀仏、なむあみだぶつ」
「あ、もし」と、お藤は思わず彼をよび止めた。「御出家様にちょいと伺いますが、何かこの家に悪いことでもございますか」
「死霊の祟りがある。お気の毒じゃが、この家は絶えるかも知れぬ」
 こう云い捨てて彼は飄然《ひょうぜん》と立ち去った。お藤は蒼くなって跛足をひきながら内へころげ込んで、夫の次郎兵衛にそれを訴えると、次郎兵衛も一旦は眉を寄せたが又思い直したように笑い出した。
「坊主なんぞは兎角そん
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