ので、彼女が恐怖の念も少し薄らいできて、夜もはじめて眠られるようになった。しかし撫子の浴衣を着たお安の亡霊がたしかに自分と道連れになって来たことを考えると、まだ滅多に油断はできないと危ぶんでいると、それから五日目になって、お雪は稽古に来た時にこんなことを又話した。
「阿母《おっか》さんがきのうの夕方、飛んでもない怪我をしましたの」
「どうしたんです」と、文字春は又ひやりとした。
「きのうの夕方もう六ツ過ぎでしたろう。阿母さんが二階へなにか取りに行くと、階子《はしご》のうえから二段目のところで足を踏みはずして、まっさかさまに転げ落ちて……。それでもいい塩梅に頭を撲《ぶ》たなかったんですけれど、左の足を少し挫《くじ》いたようで、すぐにお医者にかかってゆうべから寝ているんです」
「足を挫いたのですか」
「お医者はひどく挫いたんじゃないと云いますけれど、なんだか骨がずきずき痛むと云って、けさもやっぱり横になっているんです。いつもは女中をやるんですけれど、ゆうべに限って自分が二階へあがって行って、どうしたはずみか、そんな粗相《そそう》をしてしまったんです」
「そりゃほんとうに飛んだ御災難でしたね
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