だから」
 女房はすこし驚いたように半七の顔を見たが、やがて又笑い出した。
「ほほ、なにもかも御存じなのでございますねえ」
「知っているよ。今もいう通り、すぐ近所に住んでいるんだから」と、半七も笑った。「その一件があるので、あの娘はまだ婿を取らないんだろう。え、そうだろう」
 女房は意味ありげに笑っていた。

     四

 半七にかま[#「かま」に傍点]をかけられて、荒物屋の女房はとうとうおしゃべりをしてしまった。その話によると、お杉は十七の春から吉見の屋敷へ奉公に出ているうちに、病身の妻を持っている主人と一種の関係が結ばれた。そんなことは知らないお杉の両親は、もう年頃になった娘をいつまで奉公させて置くでもない、家へ帰って相当の婿を取らせなければならないというので、忌がる娘を無理に連れて帰ったが、そういう秘密があるので、お杉は容易に婿を取ろうと云わないばかりか、店の手伝いも碌々にしないので、この頃は親子喧嘩が絶えないとのことであった。
「それでもさっきのあの川《かわ》っ縁《ぷち》で大根を洗っていたぜ」と、半七は云った。
「まあ、その位のことはするでしょうけれど……」と、女房はほほえ
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