帰って来なかった。この間に半七は油断なくそこらを見まわすと、きのうもきょうも商売を休んでいるので、店の流しは乾いていた。盤台も片隅に積んであった。その盤台のかげの方に大きい蠑螺《さざえ》や赤貝の殻《から》が幾つもころがっているのが、彼の眼についた。なかなか大きい貝だと思いながら、彼は立ち寄ってその一つ二つを手に把ってみると、貝はいずれも殻ばかりで、その中の最も大きい蠑螺はうつ伏せになっていた。その蠑螺の尻をつかんで引っ立てようとすると、それはひどく重かった。横にころがして貝のなかを覗くと、奥にはなにか紙のようなものが押し込んであるらしいので、すぐに抽《ひ》き出してあらためると、それはたしかに百両包みであった。つつみ紙には血のついた指のあとが残っていた。
あたりの人たちに覚《さと》られないように、半七はその百両包みをふところに忍ばせた。まだほかに何か新しい発見はないかと見まわしているところへ、表から彼《か》の伝介がふらりとはいって来た。商売にまわる途中と見えて、きょうは煙草の荷を背負っていた。かれは半七の顔を見て、さらに内の様子を見て、すこし躊躇しているらしかった。
「お早うございます
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