啼く声が聞えましたもの」
「ほんとうかしら」
 おまきの家を覗きに行って、人々は又おどろいた。猫の眷族《けんぞく》はゆうべのうちに皆帰って来たらしく、さながら人間の無智を嘲るように家中いっぱいに啼いていた。おまきに訊いても要領を得なかった。自分もよく知らないが、なんでもゆうべの夜中にどこからか帰って来て、縁の下や台所の櫺子《れんじ》窓からぞろぞろと入り込んだものらしいと云った。猫は自分の家へかならず帰るという伝説があるから、今度は二度と帰られないようなところへ捨てて来ようというので、かの三人は行きがかり上、一日の商売を休んで品川のはずれや王子の果てまで再び猫をかかえ出して行った。
 それから二日ばかりおまきの家に猫の声が聞えなかった。

     二

 神明の祭礼《まつり》の夜であった。おなじ長屋に住んでいる鋳掛《いかけ》錠前直しの職人の女房が七歳《ななつ》になる女の児をつれて、神明のお宮へ参詣に行って、四ツ(午後十時)少し前に帰って来ると、その晩は月が冴えて、明るい屋根の上に露が薄白く光っていた。
「あら、阿母《おっか》さん」
 女の児はなにを見たか、母の袂をひいて急に立ちすくんだ
前へ 次へ
全35ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング