啼き声が夜昼そうぞうしいと云うので、南隣りの人はとうとう引っ越してしまった。北隣りには大工の若い夫婦が住んでいるが、その女房も隣りの猫にはあぐね果てて、どこかへ引っ越したいと口癖のように云っていた。
「何とかしてあの猫を追い払ってしまおうじゃないか。息子も可哀そうだし、近所も迷惑だ」
 長屋のひとりが堪忍袋の緒を切ってこう云い出すと、長屋一同もすぐに同意した。直接に猫婆に談判しても容易に埓があくまいと思ったので、月番《つきばん》の者が家主《いえぬし》のところへ行って其の事情を訴えて、おまきが素直に猫を追いはらえばよし、さもなければ店立《たなだて》を食わしてくれと頼んだ。家主ももちろん猫婆の味方ではなかった。早速おまきを呼びつけて、長屋じゅうの者が迷惑するから、お前の家の飼い猫をみんな追い出してしまえと命令した。もし不承知ならば即刻に店を明け渡して、どこへでも勝手に立ち退けと云った。
 家主の威光におされて、おまきは素直に承知した。
「いろいろの御手数をかけて恐れ入りました。猫は早速追い出します」
 しかし今まで可愛がって育てていたものを、自分が手ずから捨てにゆくには忍びないから、御迷惑
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