がれることはできない。磔刑《はりつけ》に逢わないうちに自滅した方が、いっそ本人の仕合わせであったろうかと半七は思った。自分もまたこうした不運の親孝行息子に縄をかけない方が仕合わせであったと思った。
「お話はまあこういう筋なんですがね」と、半七老人はここで一と息ついた。「それからだんだん調べてみましたが、七之助はまったく孝行者で、とても正気で親殺しなんぞする筈はないんです。隣りのお初という女も正直者で、嘘なんぞ吐《つ》くような女じゃありません。そうすると、まったくこの二人の眼にはおまきの顔が猫に見えたんでしょう。猫が乗憑《のりうつ》ったのかどうしたのか不思議なこともあるもんですね。それからおまきの家をあらためて見ますと、縁の下から腐った魚の骨がたくさん出ました。猫がいなくなった後も、おまきはやっぱりその食い物を縁の下へほうり込んでいたものと見えます。なんだか気味が悪いので、家主もとうとうその家を取り毀してしまったそうですよ」
底本:「時代推理小説 半七捕物帳(一)」光文社文庫、光文社
1985(昭和60)年11月20日初版1刷発行
入力:tatsuki
校正:山本奈津恵
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