葬られた。
 それは小雨《こさめ》のような夕霧の立ち迷っている夕方であった。おまきの棺が寺へゆき着くと、そこにはほかにも貧しい葬式があって、その見送り人は徐々に帰りかかるところであった。おまきの葬式は丁度それと入れ違いに本堂に繰り込むと、前に来ていた見送り人はやはり芝辺の人達が多かったので、あとから来たおまきの見送り人と顔馴染みも少なくなかった。
「やあ、おまえさんもお見送りですか」
「御苦労さまです」
 こんな挨拶が方々で交換された。そのなかに眼の大きな、背の高い男がいて、彼はおまきの隣りの大工に声をかけた。
「やあ、御苦労。おまえの葬式《とむれえ》は誰だ」
「長屋の猫婆さ」と、若い大工は答えた。
「猫婆……。おかしな名だな。猫婆というのは誰のこった」と、彼はまた訊いた。
 猫婆の綽名の由来や、その死にぎわの様子などを詳しく聴き取って、彼は仔細らしく首をかしげていたが、やがて大工に別れを告げて一と足さきに寺の門を出た。かれは手先の湯屋熊であった。

     三

「どうもその猫ばばあの死に様がちっと変じゃありませんかね」
 湯屋熊の熊蔵はその晩すぐに神田の三河町へ行って、親分の半七
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