まきの死骸をあらためて貰うと、からだに異状はない、頭の脳天よりは少し前の方に一ヵ所の打ち傷らしいものが認められるが、それも人から打たれたのか、あるいは上がり端《はな》から転げ落ちるはずみに何かで打ったのか、医者にも確かに見極めが付かないらしく、結局おまきは卒中《そっちゅう》で倒れたということになった。病死ならば別にむずかしいこともないと、家主もまず安心したが、それにしても七之助のゆくえが判らなかった。
「息子はどうしたんだろう」
 おまきの死骸を取りまいて、こうした噂が繰り返されているところへ、七之助が蒼い顔をしてぼんやり帰って来た。隣り町《ちょう》に住んでいる同商売の三吉という男もついて来た。三吉はもう三十以上で、見るからに気の利いた、威勢の好い男であった。
「いや、どうも皆さん。ありがとうございました」と、三吉も人々に挨拶した。「実は今、七之助がまっ蒼になって駈け込んで来て、商売から帰って家へはいると、おふくろが土間に転がり落ちて死んでいたが、一体どうしたらよかろうかと、こう云うんです。そりゃあ俺のところまで相談に来ることはねえ、なぜ早く大屋《おおや》さんやお長屋の人達にしらせて、
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