りに前脚を働かせるうちに、紐は意地わるくこぐらかって絡み付いて、かれは自分で自分の頸を絞めてしまった。
 死んでもかれは容易に浮かばなかった。頸に財布をかけていたからである。四、五日降りつづいた雨が晴れて、川の水がだんだん痩せるに連れて、岸の浅い処にかれの尾や足があらわれて来た。そうして、政吉の冤罪を証明したのであった。政吉は単に叱り置くというだけで赦された。
 十右衛門も最初は河獺であろうと思っていたらしい。しかも荒物屋の女房に一朱の礼をやった時に、財布の紛失しているのを発見すると同時に、彼は不図《ふと》あることを思い浮かんだ。それはお元と政吉とに対する嫉妬から湧き出した一種の復讐心で、たとい彼等がほんとうの罪人に落ちないまでも、一旦はその疑いをうけて番屋へ呼び出されたり、あるいは縄付きになったりして、いろいろの難儀や迷惑をするのを遠くから見物していようという、極めて残酷な陰謀であった。
 証拠のあがらないうちは、半七も思い切ったことをいうわけにも行かなかったが、政吉の無罪が証拠立てられた以上、彼は十右衛門を憎んでちくちく痛め付けたので、十右衛門もさすがに恐縮して、結局、その河獺の頸
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