鐘がもう夕七つ(午後四時)を撞き出したあとで、春といってもまだ日※[#「日/咎」、第3水準1−85−32]《ひあし》の短いこの頃の夕風は、堤《どて》下に枯れのこっている黄色い蘆の葉を寒そうにふるわせていた。
「親分。ちっと冷えて来ましたぜ」と、庄太は襟をすくめた。
「ああ、日が落ちかかると、やっぱり寒い」
 稲荷のやしろに参詣して、二人はそこにある葭簀《よしず》張りの掛茶屋にはいった。もうそろそろと店を仕舞いにかかっていた女房は、客を見て急に笑顔をつくった。
「お寒いのに遠方御信心でございます。なんにもございませんが、お団子でもあっためて差上げましょうか」
「なんでも好いから熱い茶を一杯飲まして貰おう」と、庄太はよほどくたびれたらしい顔をして、床几に腰をおろした。
 焼きざましの団子をもう一度あぶり直して、女房はいそがしそうに薬鑵の下を渋団扇であおいでいた。
「おかみさん。この頃はおまいりがたくさんありますかえ」と、半七は訊いた。
「なにしろお寒いもんですから」と、女房は茶を運びながら答えた。「これでも来月になるとずっとお賑やかになります」
「そうだろう。来月はもう初午《はつうま》だか
前へ 次へ
全40ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング