まいには疳癪を起して、その小判を引っ掴んでどこへか黙って出て行ってしまった。拾ったと云えばそれまでであるが、小判二枚の出所がなんだか気にかかるので、母子がけさからその噂をしているところへ、半七が調べに来たのであった。
「そうか。よく申し立てた。そんなら娘はおふくろにあずけて置く。又どういうお調べがないとも限らないから神妙にしていろよ」と、半七は二人に云い聞かせた。
 お元が政吉をかばっていた仔細も判った。二人は許嫁《いいなずけ》の約束のある仲であった。苦しい生計《くらし》の都合から、お元は許嫁の男にそむいて、他人《ひと》の世話になっていた。それでもあくまで男をかばって、自分が罪におちるのも厭わずに何も知らないと云い張っている。それを思うと、半七もなんだかいじらしくなって来た。ことに二人ながら正直そうな女であるから、このまま放して置いても差し支えはないと思ったので、かれは町《ちょう》役人のところへ行って、よそながら二人を注意するように頼んで帰った。
 あくる朝、政吉は雨にぬれて吉原を出るところを大門《おおもん》口で捕えられた。前にも云った馬道の庄太が彼を召捕ったのである。半七は会所に待っていて、すぐに政吉を吟味したが、小判の出所については、きのうのお石の話と同じことを申し立てた。
「おとといの晩に下谷の御隠居のあとを追っ掛けて、源森橋の方まで河岸に付いて行きますと、下駄の先にぴかりと光る物がありましたから、提灯の火で透かしてみると、雨のふる中に小判が二枚落ちていました。お届けをすればよかったんですが、叔母のところの苦しい都合も知っていますので、何かの補足《たし》にさせようと思って、ちょうど人通りもないもんですから、それを拾って持って帰りますと、叔母もお元もああいう人間ですから、なんだか気味を悪がってどうしても受け取らないんです。わたしもしまいには自棄《やけ》になって、そんなら勝手にしろとその金をつかんで飛び出して、けさまで吉原で遊んでいました。金はまったく拾ったので、決して物取りなんぞをした覚えはございません」
 お石の甥というだけに、この職人も正直そうな人間であった。その申し立てには嘘はないらしく見えた。しかしこの時代でも遺失物は拾いどくという訳ではない。一応は自身番にとどけ出るのが天下《てんが》の法である。もう一つには、彼自身の申し口だけを信用するわけも行かないの
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