やはり夢中で湯殿へ行った。
風呂が済むと、また別の広い座敷へ案内された。そこには厚い美しい座蒲団が敷いてあった。床の間の花瓶には撫子《なでしこ》がしおらしく生けてあって、壁には一面の琴が立ててあったが、もう眼が眩《くら》んでいるお蝶には何がなにやら能《よ》くもわからなかった。
この間の女が再び出て来て、お蝶に髪をあげろと云った。ほかの女たちが寄って彼女の髪をゆい直すと、今度は着物を着かえろと云った。女たちがまた手伝って、衣桁《いこう》にかけてある艶《あで》やかなお振袖を取って、お蝶のすくんでいる肩に着せかけた。錦のように厚い帯をしめさせた。まるで生まれ変ったような姿になって、お蝶は自分のからだの始末に困って唯うっとりと突っ立っていると、女たちは彼女の手をひいて座蒲団のうえに押し据えた。それから経脚のようになっている小さい机を持ち出して来て彼女のまえに置いた。机のうえには二、三冊の立派な本がのせてあった。女たちは更に香炉を持って来て机のそばへ置くと、うす紫の煙がゆらゆらと軽く流れて、身にしみるような匂いにお蝶はいよいよ酔わされた。秋草を画いた絹行燈がおぼろにとぼされて、その夢のような
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