「親分。どうも御無沙汰をいたして居りました。いつも御機嫌よろしゅう、結構でございます」
「おお、お亀さんか。久しく見えなかったね。お蝶坊も好い新造《しんぞ》になったろう。あの子もおとなしく稼ぐようだから阿母《おっかあ》もまあ、安心だ」
「いえ、実はそのお蝶のことに就きまして、今晩お邪魔にあがりましたのでございますが、どうもわたくし共にも思案に余りましてね」
四十女のひたいの皺をみて、半七は大抵想像がついた。お亀は今年十七になるお蝶という娘を相手に、永代橋の際《きわ》に茶店を出している。お蝶は上品な美しい娘で、すこし寡言《むくち》でおとなし過ぎるのを疵にして、若い客をひき寄せるには十分の価《あたい》をもっていた。お亀もこの美しい娘を生んだことを誇りとしていた。その娘について何か苦労が出来たといえば、半七でなくても大抵の見当は付く。親孝行のお蝶が親よりも更に大事な人を見付けだしたという紛糾《いざこざ》に相違ない。稼業が稼業だけに、それをやかましく云うのも野暮《やぼ》だと半七は思った。
「じゃあ、なんだね。お蝶坊が何かこしらえて、阿母に世話を焼かせるというわけだね。まあ、ちっとぐらいのこと
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