れた。人通りの少ないところを選んで浜町河岸まで揺られてくると、石置き場のまえで彼女を乗物からおろして、空《から》の乗物をかついだ男達は逃げるように何処へか立ち去った。
お蝶は狐が落ちた人のようにぼんやりと突っ立っていたが、急にまた何だか怖くなって一散にかけ出して、家へ駈け込んで母の顔を見るまでは、彼女もまだ半分は夢のような心持であった。狐に化かされたのだろうとお亀は云ったが、ふところに入れて来た目録は木の葉ではなかった。迷子札《まいごふだ》のような新しい小判がまさに十枚はいっていた。
「まあ、十両あるよ」と、お亀は眼をまるくして驚いた。いくら正直でも慾のない人間はすくない。この頃の相場では、妾奉公をしても月一両の給金はむずかしいのに、別になにをするでも無しに、美しい着物を着せられて、旨いものを食わされて、一日一両の手間賃になる。こんなありがたい商売はないとお亀は喜んでいたが、お蝶は身ぶるいして忌《いや》がった。一両はさておいて、一日十両の給金を貰ってもあんな怖いところへ二度とゆくことはまっぴらだと、かれはその後半月ばかりは病人のような蒼い顔をして暮していた。小判の顔をみてお亀も一旦は
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