半七捕物帳
奥女中
岡本綺堂

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)蒲莚《がまござ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)銚子|縮《ちじみ》で眼を拭いていた

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「日/咎」、第3水準1−85−32]
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     一

 半月ばかりの避暑旅行を終って、わたしが東京へ帰って来たのは八月のまだ暑い盛りであった。ちっとばかりの土産物を持って半七老人の家をたずねると、老人は湯から今帰ったところだと云って、縁側の蒲莚《がまござ》のうえに大あぐらで団扇をばさばさ遣《つか》っていた。狭い庭には夕方の風が涼しく吹き込んで、隣り家の窓にはきりぎりすの声がきこえた。
「虫の中でもきりぎりすが一番江戸らしいもんですね」と、老人は云った。「そりゃあ値段も廉《やす》いし、虫の仲間では一番下等なものかも知れませんが、松虫や鈴虫より何となく江戸らしい感じのする奴ですよ。往来をあるいていても、どこかの窓や軒できりぎりすの鳴く声をきく
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