云った」
「そりゃあ手前のふだんの行状が悪いからだ。現にてめえは柿を盗もうとしたじゃねえか」と、半七は叱った。
「そのくらいは子供だから仕方がねえ。叱って置いても済むことだ。それも親方に撲《なぐ》られるのは我慢するけれども、自身番の奴らがむやみに棒で撲ったり、縛ったりしやあがった。ひとを縛るということは重いことで、無暗に出来るもんじゃあねえと兄貴が云った」と、権太郎は泣き声をふるわせた。「おいらはもうこうなりゃあ何もかも云っちまうが、兄貴があんまり口惜しいというんで、おいらの加勢で意趣返しをしてくれたんだ。おいらが垣根を登ったなんて密告《つげぐち》をした奴は煙草屋のおちゃっぴいだ。おいらをぶん撲って縛った奴は自身番の耄碌おやじだ。こいつ等をみんなひどい目にあわしてやると、兄貴は終始《しょっちゅう》狙っていたんだ」
「すると、煙草屋のむすめと自身番の佐兵衛と番太の嚊《かかあ》と、この三人にいたずらした奴は手前の兄貴だな」
「おじさん、堪忍しておくれよう」
権太郎は声をあげて又泣き出した。
「兄貴が悪いんじゃあねえ。兄貴はおいらの加勢をしてくれたんだ。兄貴を縛るならおいらを縛ってくんねえ。兄貴は今までおいらを可愛がってくれたんだから、おいらが兄貴の代りに縛られても構わねえ。よう、おじさん。兄貴を堪忍してやって、おいらを縛ってくんねえよ」
彼は小さいからだを半七にすり付けて、泣いてすがった。
すがられた半七もほろりとした。町内で札付きのいたずら小僧も、その小さい心の底にはこうした美しい、いじらしい人情がひそんでいるのであった。
「よし、よし、そんなら兄貴は堪忍してやる」と、半七は優しく云った。「今の話はおれ一人が聴いただけにして置いて、だれにも云わねえ。その代りに俺の云うことを何でも肯《き》くか」
相手の返事は聞くまでもなかった。権太郎は無論なんでも肯くと誓うように云った。半七は彼の耳に口をよせて何事かをささやくと、権太郎はうなずいてすぐに出て行った。
霰は又ひとしきり降って止んだが、雲はいよいよ低くなって、一種の寒い影が地面へ掩《おお》いかぶさって来た。昼でもどこの家も静まりかえっていた。掃溜《はきだ》めをあさりに来る犬もきょうは姿を見せなかった。空家を忍んで出た権太郎は、ぬき足をして稲荷の社のまえに行って、袂から鞴祭りの蜜柑を五つ六つ出した。彼は木連《きつれ
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