ゃって置け」
 二人は銜《くわ》え楊枝で帰って来ると、一人の若い武士が湯屋の暖簾をくぐって出るのを遠目に見つけた。彼はさっき日蔭町へ泥鮫を売りに行った武士に相違なかった。彼は萠黄の風呂敷につつんだ一個の箱のようなものを大事そうに抱えているらしかった。
「あ、野郎が来ましたよ。あの箱を一つ抱え出したらしゅうがすぜ」と、熊蔵は眼をひからして伸び上がった。
「ちげえねえ。すぐ尾《つ》けてみろ」
「よがす」
 熊蔵はすぐに彼のあとを尾けて行った。半七は引っ返して湯屋にはいって、念のために二階にあがって見ると、お吉の姿がいつの間にか消えていた。更に戸棚をあらためると、かの怪しい二つの箱も見えなかった。
「みんな持ち出してしまいやあがったな」
 二階を降りて来て番台の男に訊くと、お吉はたった今階子を降りて奥へ行ったらしいと云うので、半七もつづいて奥へ行った。釜の下を焚《た》いている三助の話によると、お吉はちょいとそこまで行って来ると云って、そそくさと表へ出て行ったとのことであった。
「なにか抱えていやしなかったか」
「さあ、知りましねえ」
 山出しの三助はぼんやりしていて何も気がつかなかったのであ
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