た清次郎は、その場からすぐに引っ立てられて行った。お竹にはまだ何の沙汰《さた》もないが、いずれ町内預けになるだろうと、彼女は生きている空もないように恐れおののいていた。
「飛んだことになったもんだ」と、半七は思わず溜息をついた。
「わたしはどうなるでしょう」と、お竹はまきぞえの罪がどれほどに重いかをひたすらに恐れているらしかった。そうして「わたし、もういっそ死んでしまいたい」などと狂女のように泣き悲しんでいた。
「馬鹿云っちゃあいけねえ。おめえは大事の証人じゃねえか」と、半七は叱るように云った。
「いずれ御用聞きが一緒に来たろうが、誰が来た」
「なんでも源太郎さんとかいう人だそうです」
「むむ、そうか。瀬戸物町か」
 源太郎は瀬戸物町に住んでいる古顔の岡っ引で、好い子分も大勢もっている。一番こいつの鼻をあかして俺の親分に手柄をさしてやりたいと、半七の胸には強い競争の念が火のように燃え上がった。併しどこから手を着けていいのか、彼もすぐには見当が付かなかった。
「ゆうべも娘は頭巾をかぶっていたんだね」
「ええ。やっぱりいつもの藤色でした」
「さっきの話じゃあ、娘はどさくさまぎれに縁側へ抜け出して、それから行くえが知れねえんだね。おい、木戸をあけておいらを庭口へ廻らしてくれねえか」と、半七は云った。
 お竹が奥へ取次いだとみえて、大番頭の重蔵が眼をくぼませて出て来た。
「どうも御苦労様でございます。どうぞ直ぐにこちらへ……」
「飛んだこってしたね。お取り込みの中へずかずかはいるのも良くねえから、すぐに庭口へ廻ろうと思ったんですが、それじゃあ御免を蒙ります」
 半七は奥へ案内されて、お寅の血のあとがまだ乾かない八畳の居間へ通った。彼がかねて知っている通り、縁側は北に向っていて、前には十坪ばかりの小庭があった。庭には綺麗に手入れが行きとどいていて、雪釣りの松や霜除けの芭蕉が冬らしい庭の色を作っていた。
「縁側の雨戸は開《あ》いていたんですか」と、半七は訊いた。
「雨戸はみんな閉めてあったんですが、その手水鉢《ちょうずばち》の前だけが、いつも一枚細目にあけてありますので……」と、案内して来た重蔵は説明した。「勿論それは宵の内だけで、寝る時分にはぴったり閉めてしまいます」
 半七は無言で高い松の梢《こずえ》をみあげた。闖入者はこの松を伝って来たものらしくも思われなかった。忍び返し
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