まっている中で、燈火《あかり》のつく頃までわいわい騒いで、おじさんは好い心持に酔って帰った。そんな訳で、その日は小幡の屋敷へ探索の結果を報告にゆくことが出来なかった。
 あくる日小幡をたずねて、主人の伊織に逢った。半七のことはなんにも云わずに、おじさんは自分ひとりで調べて来たような顔をして、草双紙と坊主との一条を自慢らしく報告した。それを聴いて、小幡の顔色は見る見る陰った。
 お道はすぐに夫の前に呼び出された。新編うす墨草紙を眼の前に突き付けられて、おまえの夢に見る幽霊の正体はこれかと厳重に吟味された。お道は色を失って一言もなかった。
「聞けば浄円寺の住職は破戒の堕落僧だという。貴様も彼にたぶらかされて、なにか不埒を働いているのに相違あるまい。真っ直ぐに云え」
 夫にいくら責められても、お道は決して不埒を働いた覚えはないと泣いて抗弁した。しかし自分にも心得違いはある。それは重々恐れ入りますと云って、一切の秘密を夫とおじさんとの前で白状した。
「このお正月に浄円寺に御参詣にまいりますと、和尚さまは別間でいろいろお話のあった末に、わたくしの顔をつくづく御覧になりまして、しきりに溜息《ためいき》をついておいでになりましたが、やがて低い声で『ああ、御運の悪い方だ』と独り言のように仰しゃいました。その日はそれでお別れ申しましたが、二月に又お参りをいたしますと、和尚さまはわたくしの顔を見て、又同じようなことを云って溜息をついておいでになりますので、わたくしも何かと不安心になってまいりまして、『それはどうした訳でございましょう』と、こわごわ伺いますと、和尚さまは気の毒そうに、『どうもあなたは御相《ごそう》がよろしくない。御亭主を持っていられると、今にお命にもかかわるような禍《わざわ》いが来る。出来ることならば独り身におなり遊ばすとよいが、さもないとあなたばかりではない、お嬢さまにも、おそろしい災難が落ちて来るかも知れない』と諭《さと》すように仰しゃいました。こう聞いて私もぞっ[#「ぞっ」に傍点]としました。自分はともあれ、せめて娘だけでも災難をのがれる工夫《くふう》はございますまいかと押し返して伺いますと、和尚さまは『お気の毒であるが、母子《おやこ》は一体、あなたが禍いを避ける工夫をしない限りは、お嬢さまも所詮《しょせん》のがれることはできない』と……。そう云われた時の……わたく
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