《ひとみ》のひかりを住職に投げ付けると、彼は蒼くなつて少しく顫《ふる》へた。
「修行《しゆぎやう》の淺い我々でござれば、果して奇特《きどく》の有る無しはお受合ひ申されぬが、兎も角も一心を凝らして得脱《とくだつ》の祈祷をつかまつると致しませう。」
「なにぶんお願ひ申す。」
 やがて時分|時《どき》だといふので、念の入つた精進料理が出た。酒も出た。住職は一杯も飮まなかつたが、二人は鱈腹に飮んで食つた。歸る時に住職は、「御駕籠でも申付けるのでござるが……。」と、云つて、紙につゝんだものを半七にそつと渡したが、彼は突戻して出て來た。
「旦那、もうこれで宜しうございませう。和尚め、顫《ふる》へてゐたやうですから。」と、半七は笑つてゐた。住職の顔色の變つたのも、自分たちに鄭重な馳走をしたのも、無言のうちに彼の降伏を十分に證明してゐた。それでもをぢさんは未《ま》だよく腑に落ちないことがあつた。
「それにしても小さい兒が何うして、ふみが來たなんて云ふんだらう。判らないね。」
「それはわたくしにも判りませんよ。」と、半七は矢張《やはり》笑つてゐた。「子供が自然にそんなことを云ふ氣遣ひはないから、いづれ誰かゞ教へたんでせうよ。唯、念のために申して置きますが、あの坊主は惡い奴で……延命院の二の舞で、これまでにも惡い噂が度々あつたんですよ。それですから、あなたとわたくしとが押掛けて行けば、こつちで何にも云はなくつても先方は脛《すね》に疵《きず》で顫《ふる》へあがるんです。かうして釘をさして置けば、もう詰らないことはしないでせう。わたくしのお役はこれで濟みました。これから先はあなたの御考へ次第で、小幡の殿様へは宜しきやうにお話しなすつて下さいまし。では、これで御免を蒙ります。」
 二人は池の端で別れた。

        四

 をぢさんは歸途《かへり》に本郷の友達の家《うち》に寄ると、友達は自分の識つてゐる踊の師匠の大浚《おほさら》ひが柳橋のあるところに開かれて、これから義理に顔出しをしなければならないから、貴公も一緒に附合へと云つた。をぢさんも幾らかの目録を持つて一緒に行つた。綺麗な娘子供の大勢あつまつてゐる中で、燈火《あかり》のつく頃までわいわい騒いで、をぢさんは好い心持に酔つて歸つた。そんな譯で其日は小幡の屋敷へ探索の結果を報告にゆくことが出來なかった。
 あくる日小幡をたづねて、主
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