うちわ》のことに、わたくしどもが首を突つ込んぢやあ惡うございますが、いつそこれはわたくしにお任せ下さいませんか。二三日のうちに屹《きつ》と埒《らち》をあけてお目にかけます。勿論、これは貴方《あなた》とわたくしだけのことで、決して他言は致しませんから。」
Kのをぢさんは半七を信用して萬事を頼むと云つた。半七も受合つた。しかし自分は飽までも蔭の人として働くので、表面はあなたが探索の役目を引受けてゐるのであるから、その結果を小幡の屋敷に報告する都合上、御迷惑でも明日《あした》からあなたも一緒に歩いて呉《く》れとのことであつた。どうで閑の多い身體《からだ》であるから、をぢさんも直《じ》きに承知した。商賣人の中でも、腕利きと云はれてゐる半七がこの事件をどんな風に扱ふかと、をぢさんは多大の興味を持つて明日を待つことにした。その日は半七に別れて、をぢさんは深川の某所に開かれる發句の運座《うんざ》に行つた。
その晩は遲く歸つたので、をぢさんは明日の朝早く起きるのが辛かつた。それでも約束の時刻に約束の場所で半七に逢つた。
「けふは先づ何處へ行くんだね。」
「貸本屋から先へ始めませう。」
二人は音羽の田島屋へ行つた。をぢさんの屋敷へも出入りをするので、貸本屋の番頭はをぢさんを能く知つてゐた。半七は番頭に逢つて、正月以來かの小幡の屋敷へどんな本を貸入れたかと訊いた。これは帳面に一々記してないので、番頭も早速の返事に困つたらしかつたが、それでも記憶のなかから繰出して二三種の讀本《よみほん》や草雙紙の名をならべた。
「そのほかに薄墨草紙といふ草雙紙を貸したことはなかつたかね。」と、半七は訊いた。
「ありました。たしか二月頃にお貸し申したやうに覺えてゐます。」
「ちよいと見せて呉れないか。」
番頭は棚を探して二冊つゞきの草雙紙を持ち出して來た。半七は手に取つてその下の卷をあけて見てゐたが、やがて七八丁あたりのところを繰擴げて窃《そつ》とをぢさんに見せた。その※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28] 繪は武家の奥方らしい女が座敷に坐つてゐると、その縁先に腰元風の若い女がしよんぼりと俯向《うつむ》いてゐるのであつた。腰元は正《まさ》しく幽靈であつた。庭先には杜若《かきつばた》の咲いてゐる池があつて、腰元の幽靈はその池の底から浮き出したらしく、髪も着物も酷たら
前へ
次へ
全18ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング