より程近き一村あり、彼《かの》村出生の女を召仕えば果して妖怪などありしと申し伝えたり、実否を知らず」と記《しる》してある。シテ見ると、池尻の者にもそんな伝説があるか知らぬが、これは余り聞き及ばぬ事で、恐らく筆者の肥前守が池袋を池尻と聞き誤ったのではあるまいか。しかし北豊島と池上では、北と南で全然方角が違うから、或は実際別物かも知れぬ。兎にかく江戸時代には池袋の奉公人を嫌うとは不思議で、何か一家に怪しい事があれば、先ず狐《きつね》狸《たぬき》の所為《しわざ》といい、次には池袋と云うのが紋切形の文句であった。又一説には、単に奉公人として召仕う分には仔細ないが、万一これと情を通ずる者があると、それから種々の怪異を見るのだとも云う。何方《どっち》にしても、その原因や理由の解《わか》ろう筈はなく、当時ではかかる噂も全く絶えて了ったようだ。
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(『文藝倶楽部』02[#「02」は縦中横]年4月号)
*〈日本妖怪実譚〉(記者)より。筆名は「不語堂」使用。
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底本:「文藝別冊[総特集]岡本綺堂」河出書房新社
   2004(平成16)年1月30日発行
初出:「文藝倶楽部」
   1902(明治35)年4月号
入力:hongming
校正:noriko saito
2004年7月15日作成
2004年8月14日修正
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