せるようなゴウゴウという響《ひびき》と共に、さしもに広き邸がグラグラと動く。詰合《つめあい》の武士も怪しんで種々《いろいろ》に詮議《せんぎ》穿索《せんさく》して見たが、更にその仔細が分らず、気の弱い女共は肝《きも》を冷して日を送っている中に、右の家鳴震動は十日ばかりで歇《や》んだかと思うと、今度は石が降る。この「石が降る」という事は往々聞く所だが、必らずしも雨霰の如くに小歇《おや》なくバラバラ降るのではなく何処《いずく》よりとも知らず時々にバラ潟oラリと三個《みつ》四個《よつ》飛び落ちて霎時《しばらく》歇《や》み、また少しく時を経て思い出したようにバラリバラリと落ちる。けれども、不思議な事には決して人には中《あた》らぬもので、人もなく物も無く、ツマリ当り障りのない場所を択んで落ちるのが習慣《ならわし》だという。で、右の石は庭内にも落ちるが、座敷内にも落ちる、何が扨《さて》、その当時の事であるから、一同ただ驚き怪しんで只管《いたずら》に妖怪変化の所為《しわざ》と恐れ、お部屋様も遂にこの邸《やしき》に居堪《いたたま》れず、浅草並木辺の実家へ一先《ひとまず》お引移りという始末。この事、中屋敷下屋敷へも遍《あまね》く聞え渡ったので、血気の若侍共は我れその変化の正体を見届けて、渡辺綱、阪田公時にも優る武名を轟かさんと、いずれも腕を扼《さす》って上屋敷へ詰かけ、代る代る宿直《とのい》を為《し》たが、何分にも肝腎の妖怪は形を現わさず、夜毎夜毎に石を投げるばかり。で、一同も少しく魂負けがして、念の為に石の最も多く降るという座敷にズラリと居列《いなら》んで、屹《きっ》と頭《かしら》をあげて天井を睨み詰めていると、石は一向に落ちて来ぬ。かくて半※[#「日+向」、第3水準1−85−25]《はんとき》も過ぎると、何《いず》れも漸く飽《あき》が来て、思わず頭を低《た》れると、あたかもその途端に石がバラリと落ちるという工合で、どうしても上に物あって下の挙動を窺っているとよりは見えぬ。それには何《いず》れも持て余してどうしたらよかろうと協議の末、井神何某と云う侍が、コリャ狐狸の所為《しわざ》に相違ないから、恐嚇《おどし》に空鉄砲を撃って見るがいいと、取あえず鉄砲を持ってその場へ引返して来る、この時早し彼時遅し、忽《たちま》ちに一個《ひとつ》の切石が風を剪って飛んで来て、今や鉄砲を空に向けんとする
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