んが、継子さんは雨を恐れるといふよりも、ほかに仔細《しさい》があるらしいのでございます。久振《ひさしぶ》りで不二雄さんの傍へ来て、唯《た》つた一日で帰るのはどうも名残惜《なごりおし》いやうな、物足らないやうな心持が、おそらく継子さんの胸の奥に忍んでゐるのであらうと察しられます。雨をかこつけに、もう一日か二日も逗留してゐたいといふ継子さんの心持は、わたくしにも大抵想像されないことはありません。邪推でなく、全くそれも無理のないことゝ私《わたくし》も思ひやりました。けれども、わたくしは何《ど》うしても帰らなければなりません、雨が降つても帰らなければなりません。で、その訳を云ひますと、継子さんはまだ考へてゐました。
「電報をかけても不可《いけ》ませんか。」
「ですけれども、三日の約束で出てまゐりましたのですから。」と、わたくしは飽《あく》までも帰ると云ひました。さうして、もし貴女《あなた》がお残《のこ》りになるならば、自分ひとりで帰つても可《い》いと云ひました。
「そりや不可《いけ》ませんわ。あなたが何《ど》うしてもお帰りになるならば、わたくしも無論御一緒に帰りますわ。」
 そんなことで二人は座敷へ帰りましたが、あさの御飯をたべてゐる中《うち》に、たうとう本降りになつてしまひました。
「もう一日遊んで行つたら可《い》いでせう。」と、不二雄さんも切《しき》りに勧めました。
 さうなると、継子さんはいよ/\帰りたくないやうな風に見えます。それを察してゐながら、意地悪く帰るといふのは余りに心無しのやうでしたけれど、その時のわたくしは何うしても約束の期限通りに帰らなければ両親に対して済まないやうに思ひましたので、雨のふる中をいよ/\帰ることにしました。継子さんも一緒に帰るといふのをわたくしは無理に断つて、自分だけが宿を出ました。
「でも、あなたを一人で帰しては済みませんわ。」と、継子さんは余ほど思案してゐるやうでしたが、結局わたくしの云ふ通りにすることになつて、ひどく気の毒さうな顔をしながら、幾たびかわたくしに云訳《いいわけ》をしてゐました。
 不二雄さんも、継子さんも、わたくしと同じ馬車に乗つて停車場まで送つて来てくれました。
「では、御免ください。」
「御機嫌よろしう。わたくしも天気になり次第に帰ります。」と、継子さんはなんだか謝《あやま》るやうな口吻《くちぶり》で、わたくしの
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