ました。――それが何だかわたくしの顔をぢつ[#「ぢつ」に傍点]と見てゐるらしいのです。その娘がわたくしに声をかけたらしくも思はれるのです。
「継子さんが歿《なく》なつたのですか。」
 殆《ほとん》ど無意識に、わたくしは其《その》娘に訊《き》きかへしますと、娘は黙つて首肯《うなず》いたやうに見えました。そのうちに、あとから来る人に押されて、わたくしは改札口を通り抜けてしまひましたが、あまり不思議なので、もう一度その娘に訊き返さうと思つて見返りましたが、どこへ行つたか其姿が見えません。わたくしと列んでゐたのですから、相前後して改札口を出た筈《はず》ですが、そこらに其姿が見えないのでございます。引返《ひっかえ》して構内を覗《のぞ》きましたが、矢はりそれらしい人は見付からないので、わたくしは夢のやうな心持がして、しきりに其処《そこ》らを見廻しましたが、あとにも先にも其娘は見えませんでした。どうしたのでせう、どこへ消えてしまつたのでせう。わたくしは立停《たちどま》つてぼんやり[#「ぼんやり」に傍点]と考へてゐました。
 第一に気にかゝるのは継子さんのことです。今別れて来たばかりの継子さんが死ぬなどといふ筈がありません。けれども、わたくしの耳には一度ならず、二度までも確《たしか》にさう聞えたのです。怪しい娘がわたくしに教へてくれたやうに思はれるのです。気の迷ひかも知れないと打消しながらも、わたくしは妙にそれが気にかゝつてならないので、いつまでも夢のやうな心持でそこに突つ立つてゐました。これから湯河原へ引返して見ようかとも思ひました。それもなんだか馬鹿《ばか》らしいやうにも思ひました。このまゝ真直《まっすぐ》に東京へ帰らうか、それとも湯河原へ引返さうかと、わたくしは色々にかんがへてゐましたが、どう考へてもそんなことの有様《ありよう》は無いやうに思はれました。お天気の好い真昼間《まっぴるま》、しかも停車場の混雑のなかで、怪しい娘が継子さんの死を知らせてくれる――そんなことのあるべき筈が無いと思はれましたので、わたくしは思ひ切つて東京へ帰ることに決めました。
 その中《うち》に東京行の列車が着きましたので、ほかの人達はみんな乗込みました。わたくしも乗らうとして又|俄《にわか》に躊躇《ちゅうちょ》しました。まつすぐに東京へ帰ると決心してゐながら、いざ乗込むといふ場合になると、不思議に継
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