ゅうをぐるぐる引きまわした末に、空《くう》にむかって幾たびか投げあげた。楊はもう気絶してしまって、その後のことは知らなかったが、夜が明けて正気に復《かえ》った頃には、そこらに何者の姿もみえなかった。部屋の入口をあらためると、扉の鑰《かぎ》は元のままで、誰も出入りをしたらしい形跡もなかった。
「もしや夢か」
自分が見ただけならば夢かとも思えるが、現に昨夜もここの主人が同じような不思議を見せられたのであるから、どうも夢とは思われない。こんなところに長居をするのは良くないと覚《さと》って、楊は翌日早々にここの家を立ち去った。
それから四、五日の後、突然ここの家に火を発して、楊の部屋は丸焼けになった。
文昌閣の鸛
済南《さいなん》府の学堂、文昌閣《ぶんしょうかく》の家の棟に二羽の鸛《かん》(雁鴻《がんこう》の一種である)が巣を作っていた。ある日、それが西の郊外を高く飛んでいると、軍士の一人が矢を射かけて、その一羽の脛《はぎ》にあたった。しかも鳥は落ちないで飛び去った。
その以来、かの鳥はその脛に矢を負ったままで、家の棟の巣を出入りしているのを、大勢の人が常に見ていた。軍士も一時のいたずらであるから、再びそれを射ようともしなかった。
ある日、中丞《ちゅうじょう》が来て軍隊を検閲するというので、一軍の将士はみな軍門にあつまり、牆壁《しょうへき》をうしろにして整列していると、かの鳥がその空の上に舞って来て、脛に負っている矢を地に落した。それがあたかもかの軍士の前に落ちて来たので、何ごころなく拾い取って眺めていると、俄かに耳が激しく痒《かゆ》くなったので、彼はその矢鏃《やじり》で耳を掻いていると、突然にうしろの壁の一部が頽《くず》れて来て、その右の臂《ひじ》の上に落ちかかったので、矢鏃は耳の奥へ深く突き透った。
「これは鳥の恨みだ。わたしは助からない」と、軍士は言った。
果たして数日の後に、彼は死んだ。
剣侠
某|中丞《ちゅうじょう》が上江の巡撫《じゅんぶ》であった時、部下の役人に命じて三千金を都へ送らせた。
その途中、役人は古い廟に一宿すると、その夜のあいだにかの三千金を何者にか奪われた。しかも扉の鑰《かぎ》は元のままになっているので、すこぶる不思議に思ったが、ともかくも引っ返してその事を報告すると、中丞は大いに立腹して彼にその償《つぐな》いを
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