ざいますね」
否応《いやおう》いわさずに彼を寺中へ引き入れて、西廊の薄暗い一室へ連れ込むと、そこには麗卿が待ち受けていて、これも男の無情を責めました。
「あなたとわたくしは素《もと》からの知合いというのではなく、途中でふと行き逢ったばかりですが、あなたの厚い心に感じて、遂にわたくしの身を許して、毎晩かかさずに通いつめ、出来るかぎりの真実を竭《つく》して居りましたのに、あなたは怪しい偽道士《えせどうし》のいうことを真《ま》に受けて、にわかにわたくしを疑って、これぎりに縁を切ろうとなさるとは、余りに薄情ななされかたで、わたくしは深くあなたを怨んで居ります。こうして再びお目にかかったからは、あなたをこのままに帰すことはなりません」
女は男の手を握って、柩《ひつぎ》の前へゆくかと思うと、柩の蓋《ふた》はおのずと開いて、二人のすがたはたちまち隠れました。蓋は元のとおりに閉じられて、喬生は柩のなかで死んでしまったのです。
となりの老人は喬生の帰らないのを怪しんで、遠近《おちこち》をたずね廻った末に、もしやと思って湖心寺へ来てみると、見おぼえのある喬生の着物の裾がかの柩の外に少しくあらわれてい
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