張鬼子は笑った。「おれは閻羅王《えんらおう》の差紙を持って来たのだ。嘘だと思うなら、これを見ろ」
かねて打ち合わせてある筋書の通りに、かれはかの差紙を突き出したので、先生はそれを受取って、まだしまいまで読み切らないうちに、かれはたちまちその被り物を取り除けると、そのひたいには大きい二本の角があらわれた。先生はおどろき叫んで仆《たお》れた。
張は庭に出て、人びとに言った。
「みなさんは冗談にわたしを張鬼子と呼んでいられたが、実は私はほんとうの鬼です。牛頭《ごづ》の獄卒です。先年、閻羅王の命を受けて、張先生を捕えに来たのですが、その途中で水を渡るときに、誤まって差紙を落してしまったので役目を果たすことも出来ず、むなしく帰ればどんな罰を蒙《こうむ》るかも知れないので、あしかけ二十年の間、ここにさまよっていたのですが、今度みなさん方のお蔭で仮《か》を弄《ろう》して真《しん》となし、無事に使命を勤め負《おう》せることが出来ました。ありがとうございます」
かれは丁寧に挨拶して、どこへか消えてしまったので、人びとはただ驚き呆れるばかりであった。張先生は仆れたままで再び生きなかった。[#地から1
前へ
次へ
全30ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング