見いだされます。洛邑《らくゆう》にその職人が居りますが、その年頃を測ると余ほどの老人になって居りまして、あるいはもうこの世にいないかも知れません。それでも子孫のうちには、その道を伝えられている者があろうと思います。いずれにしても、洛に住む職人でなければ、これを伐ることは出来ません」
李公は受取って、その老人を帰した。それから洛中をたずねさせると、かの職人は果たして死んだあとであった。その子が召されて来て、暫くその木材を睨《にら》んでいたが、やがてよろしゅうございますと引き受けた。
「これはしずかに伐らなければなりません」
その言う通りに切り開いて、二|面《めん》の琵琶の胴を作らせたが、その面《おもて》には自然に白い鴿《はと》があらわれていて、羽から足の爪に至るまで、巨細《こさい》ことごとく備わっているのも不思議であった。ただ、職人が少しの手あやまちで、厚さ幾分のむら[#「むら」に傍点]が出来たために、一羽の鴿はその翼《つばさ》を欠いたので、李公はその完全なものを宮中に献じ、他の一面を自分の手もとにとどめて置いた。それは今も伝わって民間にある。
異肉
洪州《こうしゅう》の北ざかいの大王埠《たいおうふ》に胡《こ》という家があった。家はもと貧しかったが、五人の子のうちで末子《ばっし》は姿も心もすぐれていて、この子が生まれてからは、その家がだんだんに都合がよくなって、百姓仕事も繁栄にむかい、家計もいよいよ豊かになったので、近所の者も不思議がっていた。
ある時、その家では末子に言いつけて、舟にたくさんの麦を積み込み、流れにさかのぼって州の市《いち》へ送らせると、その途中の河岸に険《けわ》しい所があって、牽《ひ》き舟は容易に通じない。よんどころなく江を突っ切って進んでゆくと、やがて岸に着いた時に、船の勢いを止めるにも止められず、あわやという間に突き当って、洲はくだけ、岸はくずれた。
その崩れた穴から数百万の銭《ぜに》が発見されたので、麦などはもうどうでもいい。麦はみな投げ捨てて、その銭を積んで帰った。
それによって、その家はますます富み、奉公人や馬などを持って、衣服も着飾るようになった。
「この子には福がある。長く村落に蟄《ちっ》しているよりも、城中の町に往復させて、世間のことを見習わせるがよかろう」
そこで、その末子が出てゆくと、途中で乗っている馬が進まなくなった。馬は地面を踏んだままで動かないのである。彼は僕《しもべ》を見かえって言った。
「いつかは船の行き着いた所で銭を得たから、今度も馬の踏みとどまった所に、なにか掘出し物があるかも知れない」
地を掘ると、果たして金五百両を得たので、自分の家へ持って帰った。
その後に彼は城中の町へゆくと、胡人《こじん》の商人に逢った。商人はその頭に珠《たま》のあることを知って、人をもって彼を誘い出させた。そうして、たがいに打ち解けた隙をみて、彼は酒をすすめ、その酔っている間に珠を奪い去った。その末子のひたいには、生まれた時から一つの毬《まり》を割ったような肉が突起していたのであるが、珠を失うと共に、その肉は落ちてしまった。
家へ帰ると、その変った顔を見て、家族や友達も皆おどろいた。その以来、彼は精神|朦朧《もうろう》のていで、やがて煩い付いて死んだ。その家計もまた次第におとろえた。
これと同様の話がある。
宣《せん》州の節使|趙鍠《ちょうこう》もまた額の上に一塊の肉が突起しているので、珠があるのではないかと疑われていた。やがて淮南軍《わいなんぐん》のために郡県を攻略され、趙も乱兵のために殺された。その時、ある兵卒が趙の首をさがし求めて、そのひたいを割いてみると果たして珠を得た。
兵卒はその珠を持ち去って、胡人の商人に売ろうとすると、商人は言った。
「この珠はもう死んでいるから、役に立たない」
そこで、塑像《そぞう》を作る人に廉く売って、仏像のひたいの珠に用いるのほかはなかった。
異姓
永平《えいへい》初年のことである。姓は王《おう》、名は恵進《けいしん》という僧があった。
彼は福感《ふくかん》寺に住んでいたが、ある朝、わが寺を出て資福院《しふくいん》という寺をたずねると、その門前に一人の大男が突っ立っていた。
男はからだの大きいばかりでなく、その全身の色が藍《あい》のようであったが、恵進を見て突然に追い迫って来たので、僧は恐れて逃げまわった。竹簀橋《ちくさくきょう》まで逃げて来て、そこらの民家へ駈け込むと、男もつづいて追い込んで、僧を捉えて無理無体に引き摺って行こうとして、どうしても放さなかった。
僧は悲鳴をあげて救いを祈ると、その男は訊いた。
「おまえの姓はなんというのだ」
「王といいます」
「王か。名は同じだが、姓が違っている」
言い捨て
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