か。気をつけてくれ。それを見付けられたら大変だぞ。韓の家の子供にはまだ名がないのか」
「まだ名を付けないのだ。名が決まれば、すぐに名簿に記入して置く」
「あしたの晩もまた来いよ」
「むむ」
こんな問答の末に、黒い人は再び馬に乗って立ち去った。それを見とどけて、厩の者は主人に密告したので、韓は肉をあたえるふうをよそおって、すぐにかの黒犬を縛りあげた。それから砧石の下をほり返すと、果たして一軸《いちじく》の書が発見されて、それには韓の家族は勿論、奉公人どもの姓名までが残らず記入されていた。ただ、韓の子は生まれてからひと月に足らないので、まだその字《あざな》を決めていないために、そのなかにも書き漏らされていた。
一体それがなんの目的であるかは判らなかったが、ともかくもこんな妖物をそのままにして置くわけにはゆかないので、韓はその犬を庭さきへ牽《ひ》き出させて撲殺《ぼくさつ》した。奉公人どもはその肉を煮て食ったが、別に異状もなかった。
韓はさらに近隣の者を大勢駆り集めて、弓矢その他の得物《えもの》をたずさえてかの墓を発《あば》かせると、墓の奥から五、六匹の犬があらわれた。かれらは片端からみな撲殺されたが、その毛色も形も普通の犬とは異っていた。
※[#「(「急−心」+攵)/れんが」、第4水準2−79−86]神
俗に伝う。人が死んで数日の後、柩《ひつぎ》のうちから鳥が出る、それを※[#「(「急−心」+攵)/れんが」、第4水準2−79−86]《さつ》という。
太和年中、鄭生《ていせい》というのが一羽の巨《おお》きい鳥を網で捕った。色は蒼《あお》く、高さ五尺余、押えようとすると忽ちに見えなくなった。
里びとをたずねて聞き合わせると、答える者があった。
「ここらに死んで五、六日を過ぎた者があります。うらない者の言うには、きょうは※[#「(「急−心」+攵)/れんが」、第4水準2−79−86]がその家を去るであろうと。そこで、忍んで伺っていますと、色の蒼い巨きい鳥が棺の中から出て行きました。あなたの網に入ったのは恐らくそれでありましょう」
底本:「中国怪奇小説集」光文社文庫、光文社
1994(平成6)年4月20日初版1刷発行
※校正には、1999(平成11)年11月5日3刷を使用しました。
入力:tatsuki
校正:小林繁雄
2003年7月31日作成
青空文庫作成ファイル:
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