て来た。
「これから七日のあいだ、決してこの殿堂の戸をあけて下さるな。食い物などの御心配に及びません。画《え》の具の乾かないうちに風や日にさらすことは禁物ですから、誰も覗《のぞ》きに来てはいけません」
 こう言って、かれらは殿堂のなかに閉じ籠ったが、それから六日のあいだ、堂内はひっそりしてなんの物音もきこえないので、寺の僧等も不審をいだいた。
「あの七人はほんとうに画を描いているのかしら」
「なんだかおかしいな。なにかの化け物がおれ達をだまして、とうに消えてしまったのではないかな」
 評議まちまちの結果、ついにその殿堂の戸をあけて見ることになった。幾人の僧が忍び寄って、そっと戸をあけると、果たして堂内に人の影はみえなかった。七羽の鴿《はと》が窓から飛び去って、空中へ高く舞いあがった。
 さてこそと堂内へはいって調べると、壁画は色彩うるわしく描かれてあったが、約束の期日よりも一日早かったために、西北の窓ぎわだけがまだ描き上げられずに残っていた。その後に幾人の画工がそれを見せられて、みな驚嘆した。
「これは実に霊妙の筆である」
 誰も進んで描き足そうという者がないので、堂の西北の隅だけは、いつまでも白いままで残されている。

   法喜寺の龍

 政陽《せいよう》郡の東南に法喜寺《ほうきじ》という寺があって、まさに渭水《いすい》の西に当っていた。唐の元和《げんな》の末年に、その寺の僧がしばしば同じ夢をみた。一つの白い龍《りゅう》が渭水から出て来て、仏殿の軒にとどまって、それから更に東をさして行くのである。不思議な事には、その夢をみた翌日にはかならず雨が降るので、僧も怪しんでそれを諸人に語ると、清浄の仏寺に龍が宿るというのは、さもありそうなことである。そのしるしとして、仏殿の軒に土細工の龍を置いたらどうだという者があった。
 僧も同意して、職人に命じて土の龍を作らせることになった。惜しむらくはその職人の名が伝わっていないが、彼は決して凡手ではなかったと見えて、その細工は甚だ巧妙に出来あがって、寺の西の軒に高く置かれたのを遠方から瞰《み》あげると、さながらまことの龍のわだかまっているようにも眺められた。
 長慶《ちょうけい》の初年に、その寺中に住む人で毎夜門外の宿舎に眠るものがあった。彼はある夜、寺の西の軒から一つの物が雲に乗るように飄々《ひょうひょう》と飛び去って、渭水の
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