と、五、六日の後にまったく蘇生した。
 妾の話によると、その十年のあいだ、死んだ父が常に飲み食いの物を運んでくれた。そうして、生きている時と同じように、彼女と一緒に寝起きをしていたのみか、自宅に吉凶のことある毎《ごと》に、一々彼女に話して聞かせたというのである。あまりに不思議なことであるので、干宝兄弟は試みに彼女に問いただしてみると、果たして彼女は父が死後の出来事をみなよく知っていて、その言うところがすべて事実と符合するのであった。彼女はその後幾年を無事に送って、今度はほんとうに死んだ。
 干宝は『捜神記』の著者である。彼が天地のあいだに幽怪神秘のことあるを信じて、その述作に志すようになったのは、少年時代におけるこの実験に因ったのであると伝えられている。

   大蛟

 安城平都《あんじょうへいと》県の尹氏《いんし》の宅は郡の東十里の日黄《じつこう》村にあって、そこに小作人《こさくにん》も住んでいた。
 元嘉《げんか》二十三年六月のことである。ことし十三になる尹氏の子供が、小作の小屋の番をしていると、一人の男が来た。男は年ごろ二十《はたち》ぐらいで、白い馬に騎《の》って繖《かさ》をさ
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