それでは、あなたの姓名はなんというのですか」
「おれの名をきいてどうするのだ」
「ぜひ教えてください」
「忌《いや》だ、いやだ」
なにを言っても取り合わない。そのうちに彼の家はだんだん近くなったので、怪物は悲しげに言った。
「わたしを赦してもくれず、また自分の姓名を教えてもくれない以上は、もうどうにも仕様がない。わたしもむなしく殺されるばかりだ」
王は自分のうちへ帰って、すぐにその怪物を籠と共に焚いてしまったが、寂《せき》としてなんの声もなかった。土地の人はこのたぐいの怪物を山※[#「操」の「てへん」に代えて「けものへん」、第4水準2−80−51]《さんそう》と呼んでいるのである。かれらは人の姓名を知ると、不思議にその人を傷つけることが出来ると伝えられている。怪物がしきりに王の姓名を聞こうとしたのも、彼を害して逃がれようとしたものらしい。
熊の母
東晋《とうしん》の升平《しょうへい》年間に、ある人が山奥へ虎を射に行くと、あやまって一つの穴に堕《お》ちた。穴の底は非常に深く、内には数頭の仔熊が遊んでいた。
さては熊の穴へはいったかと思ったが、穴が深いので出ることが出来な
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