。
「あなたは困ったものです」と、彼は愁《うれ》うるが如くに言った。「再びここへ来てはならないと、わたくしがあれほど戒《いまし》めて置いたのに、それを用いないで又来るとは……。仇の子がもう成長していますから、きっとあなたに復讐するでしょう。それはあなたのみずから求めた禍いで、わたくしの知ったことではありません」
言うかと思うと、彼は消えるように立ち去ったので、猟師は俄かに怖ろしくなって、早々にここを逃げ去ろうとすると、たちまちに黒い衣《きぬ》をきた者三人、いずれも身のたけ八尺ぐらいで、大きい口をあいて向かって来たので、猟師はその場に仆《たお》れてしまった。
白亀
東晋の咸康《かんこう》年中に、予《よ》州の刺史毛宝《ししもうほう》が※[#「朱+おおざと」、第3水準1−92−65]《しゅ》の城を守っていると、その部下の或る軍士が武昌《ぶしょう》の市《いち》へ行って、一頭の白い亀を売っているのを見た。亀は長さ四、五|寸《すん》、雪のように真っ白で頗《すこぶ》る可愛らしいので、彼はそれを買って帰って甕《かめ》のなかに養って置くと、日を経るにしたがって大きくなって、やがて一尺ほどにもなったので、軍士はそれを憐れんで江の中へ放してやった。
それから幾年の後である。※[#「朱+おおざと」、第3水準1−92−65]の城は石季龍《せききりゅう》の軍に囲まれて破られ、毛宝は予州を捨てて走った。その落城の際に、城中の者の多数は江に飛び込んで死んだ。かの軍士も鎧《よろい》を着て、刀を持ったままで江に飛び込むと、なにか大きい石の上に堕《お》ちたように感じられて、水はその腰のあたりまでしか達《とど》かなかった。
やがて中流まで運び出されてよく視ると、それはさきに放してやった白い亀で、その甲が六、七尺に生長していた。亀はむかしの恩人を載せて、むこうの岸まで送りとどけ、その無事に上陸するのを見て泳ぎ去ったが、中流まで来たときに再び振り返ってその人を見て、しずかに水の底に沈んだ。
髑髏軍
西晋《せいしん》の永嘉《えいか》五年、張栄《ちょうえい》が高平《こうへい》の巡邏主《じゅんらしゅ》となっていた時に、曹嶷《そうぎ》という賊が乱を起して、近所の地方をあらし廻るので、張は各村の住民に命じて、一種の自警団を組織し、各所に堡塁《ほうるい》を築いてみずから守らせた。
ある夜の
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