の妻が出産した。
 出産の当時、この家の門を叩《たた》く者があったが、家内の者は混雑にまぎれて知らなかった。暫《しばら》くして家の奥から答える者があった。
「客座敷には人がいるから、はいることは出来ないぞ」
 門外の者は答えた。
「それでは裏門へまわって行こう」
 それぎりで問答の声はやんだ。それからまた暫くして、内の者も裏門へまわって帰って来たらしく、他の一人が訊《き》いた。
「生まれる子はなんという名で、幾歳《いくつ》の寿命をあたえることになった」
「名は奴《ど》といって、十五歳までの寿命をあたえることになった」と、前の者が答えた。
「どんな病気で死ぬのだ」
「兵器で死ぬのだ」
 その声が終ると共に、あたりは又ひっそりとなった。陳はその問答をぬすみ聴いて奇異の感に打たれた。殊にその夜生まれたのは男の児で、その名を奴と付けられたというのを知るに及んで、いよいよ不思議に感じた。彼はそれとなく黄家の人びとに注意した。
「わたしは人相《にんそう》を看《み》ることを学んだが、この子は行くゆく兵器で死ぬ相がある。刀剣は勿論《もちろん》、すべての刃物を持たせることを慎まなければなりませんぞ」
 
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