。
「さっき飛んだ目に逢いました」
「どうしました」
「鬼がわたしの車に乗り込んで琵琶を弾きました。鬼の琵琶というものを初めて聴きましたが、ひどく哀《かな》しいものですよ」
「わたしも琵琶をよく弾きます」
言うかと思うと、かの老人は前の少年とおなじような顔をして見せたので、楊はあっ[#「あっ」に傍点]と叫んで気をうしなった。
兎怪《とかい》
これも前の琵琶鬼とやや同じような話である。
魏《ぎ》の黄初《こうしょ》年中に或る人が馬に乗って頓邱《とんきゅう》のさかいを通ると、暗夜の路ばたに一つの怪しい物が転《ころ》がっていた。形は兎《うさぎ》のごとく、両眼は鏡の如く、馬のゆくさきに跳《おど》り狂っているので、進むことが出来ない。その人はおどろき懼《おそ》れて遂に馬から転げおちると、怪物は跳りかかって彼を掴《つか》もうとしたので、いよいよ懼れて一旦は気絶した。
やがて正気に戻ると、怪物の姿はもう見えないので、まずほっとして再び馬に乗ってゆくと、五、六里の後に一人の男に出逢った。その男も馬に乗っていた。いい道連れが出来たと喜んで話しながら行くうちに、彼は先刻の怪物のことを話した
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