たのか。
源五郎 もうそんなに疑わないがいい。さあ、みんなも手伝って、この死骸を運び出そうではないか。
五平 そうだ、そうだ。
(五平と寅蔵も手伝いて、おいよの死骸をかきあげる。モウロは正吉に指図して、奥の間より毛布を持ち来らせ、死骸をつつむ。)
弥三郎 (嘆息して。)こんな姿をみせたらば、お妙もさぞ驚くだろう。
源五郎 むむ。お妙さんも驚くだろう。ふだんから本当の姉妹《きょうだい》のように仲好しであったからな。
弥三郎 (罵るように。)こんな事になったのも、狼めの仕業だ。畜生、屹とおれが退治して、女房のかたきを取ってみせるぞ。
源五郎 まあ、狼よりも仏が大事だ。早く帰って回向《えこう》をしなさい。
(五平と寅蔵は毛布につつみたる死骸をかきあげ、源五郎も付添いて出てゆく。)
弥三郎 (モウロに。)色々御厄介になりました。いずれ改めてお礼にまいります。
(弥三郎は丁寧に会釈して、力なげに出てゆく。)
モウロ (マリアの像を取る。)悪魔は清いお姿に血を塗りました。
正吉 すぐに洗いましょうか。
モウロ いや。この血の自然に消えるように、我々は祈りを続けなければなりません。今夜は眠らずに……。
正吉 はい。
(モウロは像を押頂きて元の棚に祭り、正吉とテーブルに向い合いて、再び聖書を繙《ひもと》く。月のひかり。梟の声。)
[#地から1字上げ]――幕――

[#地付き](「舞台」昭和六年三月号掲載/昭和六年三月、明治座で初演)



底本:「伝奇ノ匣2 岡本綺堂妖術伝奇集」学研M文庫、学習研究社
   2002(平成14)年3月29日初版発行
初出:「舞台」
   1931(昭和6)年3月号
入力:川山隆
校正:門田裕志
2008年12月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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